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リボンを結んで
「ケーキワンホールね!」
私は宣言した。絶対負けないって。
クリスマスイヴの夜、私はこの町に住む子供達にプレゼントを渡す。それがサンタ学園の卒業試験だ。制限時間はクリスマスの日の出まで。意外と少ししか時間がない。
でも、あいつは大事な試験を、
「卒業試験で勝負しよう、もちろん点数の低いほうが負けだ。敗者は勝者の好きなものを一個だけプレゼントすること。『何でも?』あぁ、命だってオーケーだ」
遊びかなんかにしか思っていないのか。あと、命は要らん。それでも、私はあいつの話に乗って宣言をしたワケ。あいつと話すと何故か宣言ばかり、今回だってあいつは学年一位の生徒会長、対する私は学年中位の生き物係長。月とすっぽん。勝ち気になっても、勝てる保障はどこにもない。
そんなこんなで学校上空、サンタ魔法〈マイルド〉のおかげでこの吹雪の中、長いポニーテールを凍らさずにソリで天翔る。サンタに生まれてよかった。
もうすぐ着くでしょとか、戻ったらさっさと寝ようとか、ケーキは明日でいいかなとか考えていたその刹那――
突然の下降気流、私は一気呵成に飲み込まれた。吹き降ろす気流と同じ速度以上で落下。ソリは着陸準備中だったため低空飛行だった。墜落するのは時間の問題だ。そう考えている時間さえ惜しいと感じる程、速い。トナカイ操縦用手綱を掴む手が緩む。
落下することに恐怖を感じ、逆さの体育館が含まれる視界はシャットダウン。
しかし、その恐怖は一瞬だった。
左前から何か宙を舞う重い物同士の衝突音、私の落下運動が緩やかになる。瞼によって光を遮断した目をゆっくり開くと私の左隣にあいつがいた。
あいつは軽く溜息を吐いた後、
「心配、かけんなよ」
あいつは緩まった手綱を操縦し直しながら、呟いていた。
ところでこれは私のソリ、あいつ、じゃなくて彼のソリが見当たらない。
「ソリは……」
「おう、死んでなかったか。ソリは、落とした」
嘘吐くな、知らん振りしたってもう手遅れなのに。
私は羞恥心があるのに、何故か嬉嬉する顔を俯けた。すると、目に飛び込んできたのは彼の右腕から真紅が滲み出ている様子。制服の右袖は引き千切れ、白い部分はもう微塵もない。
「血が!」
「あぁ、ぜんぜん。な、何して『止血』? 重傷じゃねぇよ、俺は」
バカ。右手が止まっている。勝手に人を助けて、強いふりなんてしなくたっていいじゃない。強がっても手遅れなのに。もう私の心は変えられないんだからっ。
そう思いながら彼の右腕にリボンを結んで止血する。
いつの間にか吹雪も晴れて、私の長髪は校舎上空から差し込む月光の中を自由に棚引いていた。
翌日、つまりクリスマス。
卒業試験は全員合格したし、しかも私がトップになった。……一位になった訳だが、そんなに喜ばしくない。理由は簡単、怪我までして助けた彼が私を庇護したせいで最下位だったからだ。正直に私が悪いと言えば良かったのに。あと、卒業したら彼とは会えなくなるかもしれない不安も理由の一つに数えてもいい。
ところで、ここは購買部の店先、まだ入店はしていない。傍から見れば冷やかしだ。
さて、親切なことにこの購買部はデザートとしてケーキも置いている。私と彼は卒業試験の勝負で宣言したことを実行しに来ていた。
「はい、それで好きなケーキは何ですか?」
胸の中を泡が埋め尽くすような苦しさ。
それより彼、敗者だからって、敬語使わなくてもいいだろうに。冷静を保とうと突っ込んでみたが、効果はいまひとつのようだ。
ならば素直に答えよう。
「モカケーキ」
「モカケーキか。俺も好きだぞ」
まただ、いや違う。今度は心臓が高鳴る。そうか。『好き』って言葉に反応していると分かったとたん、言葉が心に突き刺さる。さっきまでの苦しみは、まるで泡が弾けたように消えてなくなり、心に砂漠が現れる。熱い。
彼は、いや、親しみを込めて言おう。改めあいつ。
あいつは店内に入ろうとした。私はあいつの袖を強く掴んで離さなかった。どこにも行かせない。でも、これじゃ不自然だ。私は脳内のあらゆる所から言葉を探し、紡いで文章を組み立てる。
「怪我、治ったでしょ。だっ、だから昨日のリボン返して」
思い切りかんだ。舌の回らない自分に少しイラつく。
「あぁ、すまない。返してなかったな」
激しく刻む十六ビートの心臓はとことん耳障り。
あいつはしっかり畳まれたリボンを私に差し出した。
私はそれを受け取った。次いで、あいつの左手をとった。あいつに触ること、こういう状況下に置いては初めての行為だった。手、大きいな。
「私いらない、ケーキ。だからさ。代わりに、さ」
私は少し震える声を元に戻して、涙目は無理そうだけど体の震えを止めた。舌も回るように心の準備も整わせ、高潮する顔は抑えられないけどできるだけ前を向いた。
そして私は、あいつに言ってやる。
リボンを結んで
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