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 今日は〈初恋さん〉とカラオケに行った。
 いつもどおりのかわいさといつもどおりのきれいな声。
 トゲトゲしてるっつうかなんか近づきにくい感じなんだよな。

   ◆   ◆   ◆

 僕はカラオケで待ち合わせだったからカラオケのロビーで待ってた。
 待ち合わせの五分前、けっこうぎりぎりで着いた。彼女のこと待たせたんじゃないかって不安になりながらチャリを留めて、入店する。
 なんでそんなにあわてていたのかというと、お金がなかったからだ。いや、ないと言うのは小銭のことで、僕は万札しか持ち合わせていなかった。前日に親からもらっておけばよかったと後悔しつつも本屋に入り、青ペンを一本買った。青ペンはアクアブルーでなんとなくそのときの僕の気持ちを表しているなぁなんてポエマー気取りになっていた。ポエマーもどきは急いでカラオケに向かった、というわけである。
 で、13時ちょうど。
 こない。彼女がこない。〈初恋さん〉がカラオケにこないんだ。
 いつかくるだろうと思い、僕は友人に教えてもらった『人生オワタ\(^o^)/の冒険』をやる。ステージ6まで行ったとき、時刻を見るとすで待ち合わせの時間から13分も過ぎていた。
 どうしたんだろう。遅いなあ……。
 僕は『今日どうしたの?』的なニュアンスのメール文を打ち始める。一言一言に細心の注意を払ってのことだ。
 ぶぅぅぅぅっ。
【新着メール アリ】
 〈初恋さん〉からかもしれないと、書いていた文を下書きに保存し、受信メールボックスを開く。
【〈初恋さん〉】
 初恋さんからだ。僕は『今日、いけないわ。ごめん』と書かれてそうなメールを開けた。
『今日だよね、カラオケ行くの。
 無理なの?』
 おかしい。僕はここにいる。ちゃんと待ち合わせの場所にいる。時間だってちゃんと(?)五分前に着いた。そのときは〈初恋さん〉いなかったじゃないか。
 これまた細心の注意を払って恐る恐るメールを返信した。
『カラオケ行けるよ。
 え、もしかして今日は無理だったか?』
 僕が待ってることは伏せた。あいつ、人を待たせたり人に迷惑かけたりするの嫌ってる。ほんと、親切なやつ。そういうところに僕は惚れたのかもしれない。ラブじゃなくてライクなのかもしれない。どっちかわからない。
【新着メール アリ】
【Re:〈初恋さん〉】
 僕よりメールを打つのが早い。さすが女子高生だ。
『俺は、無理じゃないけど。
 いまどこ?』
 一人称は『俺』。彼女は腐女子だ。
 腐女子がなんだ!と叫んでやりたい。それは〈初恋さん〉の大事な個性だ。僕の好きな〈初恋さん〉の一部なんだ。
『え、いま、カラオケにいるよ?』
 日本語がおかしいのは僕の特徴。だめだね、小説家目指してるとか言ってるやつがこんなんじゃ。これじゃワナビ以下だ。
 しばらくするとカラオケボックスのロビーに続く自動ドアが開き、待ちに待った〈初恋さん〉が登場してくださった。
「こっちにいたのか。気づかなかったぜ」
「ごめん」
 やばい、声が震える。言葉が続かない。頭がぐらぐらする。体が熱い。
 のぼせた風な僕は、カラオケの会員カードを紛失しましたと丁寧に店員に伝える彼女を、僕なんかより相当大人だって思いながらほうけて眺めていた。
「お連れの方の身分証明書は?」
 〈初恋さん〉は小さめな体に紺色のダッフルコートを羽織って、細いけど躍動的な脚に黒いジーンズを穿いている。靴は革靴。学校には革靴で行くのだろうか? やけに手入れがされているようで電灯の淡い光に黒光りしていた。
「おい。さいとう」
 好きな声。少し低い声なのが僕の好みだ。だからかな、CLANNADの坂上智代も好きなキャラである。まあ、智代よりも〈初恋さん〉のほうが百倍かわいい声だけど。
「さいとう、おい」
 え、僕!?
 あぁ、カードね。身分証明書として学生証を店員に渡そうとバッグを探る。学生証は掴んだが、手が震えてうまく取り出せない。震えながらも学生証を取り出し、店員にパスアラウンド。
 住所とかいろいろ作ってカードを作る。
 サービスドリンクはウーロン茶。
 部屋に案内された。
 105号室。二人っきりのカラオケボックス。
「悪いな」
 カード作るのに手間をかけたことぐらいで。
「いいよ」
 彼女はダッフルコートを脱いだ。黒いフードつきパーカー(?)だ。胸が大きい。横から見れば一目瞭然なんだけど、とにかく〈初恋さん〉の胸は大きかった。大きいだけでなく、新幹線の先端部分のように形が整っていて、優美な曲線が描かれている。
 それに僕はドキドキしながらちょっとばかし妄想してしまった。にやにやしそうだったので曲目に集中させる。うっし、これにしよう。
 歌が始まった。
 僕が最初に歌った曲はバンプの『ハイブリッドレインボウ』だ。緊張してうまく声が出せず、点数は19点だった。僕はかなりの音痴だと周りは言う。自分でも音痴だと周りに公言するけど、実際のところ僕が音痴だとは自覚できていない。僕、ちゃんと歌えばうまいと思うんだけどなあ。
 彼女も歌を歌い始めた。自分で風邪だと言っていて、85点越えたら風邪は治ったことにするらしい。
 実は僕も風邪だった。いや、のどが痛いだけだ。でも言わないさ、無用な心配かけたくない。
 そうこうしているうちに時は過ぎ、テレビに差していた邪魔な日差しも消えていき、16時を回った。
 僕らはカラオケの外に出て、告白しようかとやきもきする。
「一緒に帰ろうよ」
 僕がどきどきしながら言葉を発した。大丈夫震えていない。
「えー、無理。今日は用事がある。俺、寄らなきゃいけないところがあるんだ」
「そ、そっか」
 この瞬間、僕の気持ちはヘリウムの抜けた風船みたいにしぼんで、地面すれすれで怖気づきながら浮いているようになった。
「じゃあな」
 彼女がさきに別れの挨拶を言って、立ち去ろうとする。
 自分でもなに言ってるか分からなかったが、『十二月にまた会おう』的なことを口走っていたに違いない。
 〈初恋さん〉はガソリンスタンドの横を通り抜け、姿を消していった。
 たった一言「好きだ」と言えない。『好き』という言葉には大切な人と一緒にいたいとか守りたいとかそういう決意の気持ちも込められた非常に深い言葉なのだと思う。それだからこそ、僕は自分の意思を伝えたく思っていたのに。言わなきゃ覚悟がないのだ、勇気もないのだ。ヘタレなのだ。
 僕は臆病者でバカだ。バカバカしいほどにヘタレで、ヘタレなバカだ。
 チャリを漕いだ。行き先は不明。
 自分で自分を殴りたくなる。
 携帯が鳴る。
【〈初恋さん〉】
『もうすぐ雨降りそうだから、早く帰れよ?』
 まったく、あいつはいつでも親切だ。
 彼女は僕のこと、好いているのだろうか。好いていて欲しい。この前の(今年の夏休みのことだ)告白未遂事件から、彼女も僕を意識している(はずだ)。
 女子の気持ちは分からない。人の気持ちは分からない。でも告白を待っているのかもしれないなんて僕は思う。告白しなかった僕は自分の心を裏切って、〈初恋さん〉までも裏切った。
 本当に本当に、×××。

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